刀剣訪問10年目を迎えてようやっと正宗を掴めてきた話 正宗十哲―名刀匠正宗とその弟子たち―展

目次

展覧会概要

特別展 正宗十哲-―名刀匠正宗とその弟子たち

展覧会名:特別展 正宗十哲 ―名刀匠正宗とその弟子たち―
会期:2024年1月6日~2月11日
会場:刀剣博物館(東京)
展覧会案内ページ:https://www.touken.or.jp/museum/exhibition/exhibition.html
展示品リスト/うち撮影禁止→13,4,7,9,10,12〜14,22,23,27〜29,33〜35,38,40,44
そのほかは撮影OK/一部展示替えあり

訪問日:2024年1月16日

正宗十哲とは

何年か前に初めてこの単語を耳にした時、正宗の弟子とか、相州伝の刀工とか、正宗に近い作風の刀工かなーとふわっとしたイメージを持っていました。実際にどんな刀工が名を連ねているのかみてみると

山城 来国次・長谷部国重
越中 郷義弘・則重
美濃 志津兼氏・伊賀守金道
石見 直綱
備前 長船兼光・長船長義
筑前 左安吉(大左)
この中に正宗の弟子とよばれる貞宗は含まれません。
来国次、長谷部国重、志津兼氏、左と郷はなんか理解できる。兼光と長義は備前の刀工だけれど相伝備前だからわかる。則重も含まれるの?石見の直綱って誰?というか国がバラバラすぎる。一体どういうルール?
正宗十哲とは正宗によって完成された相州伝の影響が各地に広がり、その要素を多分に取り入れた作品を作った刀工たちのことを指すとのこと。
なるほど、だから時代は近くても国がバラバラなんですね。

(定義としてはそうですが、書物によっては上記の刀工も正宗の弟子だったという記述があります。時代とともに正宗の評価が上がるにつれ正宗の弟子とされた人が増えていきます。評価が高い正宗、その弟子。格付け。諸説ありです)

この展覧会ではそんな「正宗十哲」を中心に、正宗、正宗の弟子または子とよばれる貞宗、そして正宗に影響を与えた先人たちの作品を展示しています。東京の刀剣博物館と広島のふくやま美術館2館での開催。

貞宗、左、則重など私の好きな刀工がたくさん!そして正宗を見比べる機会!とても楽しみにしていました。では気になった刀を紹介していきます。

正宗の先人たち

備前三郎国宗

太刀 銘国宗 国宝 ふくやま美術館蔵

何度か見たことのあるふくやま美術館さんの国宗。数年振りの鑑賞。
あれ、かっこいい?! 今まで見た中で一番素晴らしいと感じたのは会場がよかったのか、それとも私の目が成長したのか。体配から感じられる勇ましさ、丁子の華やかさ、そして肌立った板目模様など、見ていてこんなに楽しかったっけ?と感じるくらい記憶とギャップがありました。会場内の丁子刃の刀の中でも一番風情を感じます。
茎の錆び具合がだいぶ違いますね。6cmほど磨り上げられているようです。銘字はしなやか。
そういえば備前三郎国宗のことをよく知らないかも。一文字助真と同様備前国出身の刀工で、鎌倉に来て相州伝に影響を与えた刀工とだけは覚えていて……作品を見る機会は多くはないけれどでも無くもないような。2代か3代同じ名前を使っている説もある?作風の違いは??

今後注意して見ていきたい刀工となりました。ちょっと勉強しよう。

新藤五国光

短刀 銘国光 名物 会津新藤五 国宝 ふくやま美術館所蔵

会津新藤五は何回でも見たいですね。なんて美しい肌と端正な直刃。
国光の静かで清涼感のある刃が大好きです。
写真を撮れる機会に恵まれたのは久しぶり。以前よりも性能がよくなったカメラで撮ってみた感想は、意外に荒沸がよく見えるな?ということ。もしかして今までは匂口の締まった様子しか目に入っていなかったのかしら?

この刀を見ながらふと思い出したのは、同じく短刀の名手として名高い粟田口吉光。そういえばこの前見てきた国宝剣の刃縁にはこんな沸があったっけ?両名の作品とも一見して素晴らしいとわかるのに、全然違う。何が?刃沸?地景? 

ここで展示順と絡めて新藤五国光について少しおさらい。
粟田口国綱→備前三郎国宗→一文字助真→そしてこの新藤五国光の順で展示されています。
国綱は山城伝の刀工で山城国から鎌倉へ。国宗、助真は備前国から鎌倉へ。国光は国宗または助真の弟子であったとか国綱の子であった等様々な説があり、何かしら繋がりがあったことが伺えます。
新藤五国光を相州伝と見るかどうかだと……相州伝と呼ぶには派手さ、自由さがなく、どちらかというと山城伝のそれこそ粟田口のような優等生さがあります。でも粟田口とは違う。
草創期。相州伝の、夜明けよりも少し前の時間にいる刀工だととらえました。

藤三郎行光

短刀 銘鎌[倉][住]人行光 元[享][二]年三月

あれっ!この行光ちょっと正宗みたい!

相州行光は新藤五国光の弟子、または子と伝えられる刀工です。
これまで見てきた行光は、直刃で静寂を感じるものが多く、どちらかというと新藤五国光に寄った作風が多いと感じていました。刃文や沸がこんなに激しい行光を見るのはおそらく初めてです。
これまで、正宗の代になって急に沸が強いものが出現していたように見えていたので、行光の作品に正宗の時代に繋がるような作風を見ることができとても感激しました。相州伝の過渡期かな。

撮影禁止だった展示番号7の行光は、不動行光を思い出すような鉄の明るさが印象的でした。

相州伝の完成者 ~正宗出現~

五郎入道正宗

刀 無銘 伝正宗 個人蔵

正宗は行光の子または弟子という説、国光の弟子(兄弟子が行光、弟弟子が正宗)という説などがあります。
先述の行光が正宗を感じるものだとすると、こちらの正宗は行光を感じる正宗でした。正宗なのに静か。姿だけ述べると城和泉正宗のような上品な姿。
静かに見えたのはおそらく焼きの低さでしょうか。しかし刃をよく見ると、鋒側にはしっかりと主張のつよい金筋が入っているし、砂流しや湯走りのような働きもたくさん見えます。国光→行光→正宗の流れで見てきて「同じ系統の刀工なのだろう」と自然に感じられる雰囲気があるのに、国光、行光には見られない奔放さが表れています。ここが相州伝の完成……作品の展示順を決めた方は天才だな

刀 無銘正宗 号 疱瘡正宗 佐野美術館所蔵 重要文化財

撮影禁止
これはお気に入り。
メモには「華やかに見せるタイプではないけれど、静かな美しさがある」と書いていました。しっかり金筋は入っていて動きがないわけではないんですよ。でも静かと表現したくなる。不思議。

短刀 銘正宗 名物 不動正宗 (附)黒蝋色鞘合口短刀拵 徳川美術館蔵 重要文化財

撮影禁止
鋒側の火焔のような掃きかけや、地景、湯走りがかっこいい。見ていて楽しい。

短刀 銘正宗 号 京極正宗 国(皇居三の丸尚三館収蔵)

写真禁止
石川県立美術館で見て、そして今回と二度目の鑑賞です。
石川では京極正宗の特徴である力強い地景と、階層を感じるような沸の深さをよく見せるような角度でした。こちらではまんべんなく光があたり全体の鑑賞がしやすかったです。深さよりも面で見ている印象。
沸の輝きがしっかりしている分、角度の違いでだいぶ表情に違いを感じる刀だと思いました。

相州伝の波及 ~正宗十哲~

志津

刀 無銘伝志津 名物 分部志津
(附)黒漆打刀拵 (附)黒漆打刀拵 (附)茶糸巻替柄 文化庁蔵 重要文化財

撮影禁止 別の展覧会で撮影した写真です

志津三郎兼氏はもともと大和手搔派の刀工。”包氏”を名乗っている時期もあります。その後美濃国 志津へ行き美濃伝を学んだとのこと。また更に相模へ移り正宗の弟子になった説も。
なので作風は時期によって大和伝のものもあれば相州伝のものも。そして兼氏自身は美濃伝の代表刀工……移動も多ければ属性も多い刀工ですね。

水滴がこぼれるような飛び焼きが美しい分部志津。この志津を見ていると、南北朝に寄った作風の正宗や、幅広いタイプの貞宗を思い出します。なんか似てる。
押形を見てみると、指表・指裏ともに皆焼を焼いているようです。え、これ皆焼だったんだわからなかった!特に指裏が激しい様子。今まで何度か見ているのに全然皆焼だとは気づかなかったので、次回はそれを意識して見てみたいと思います。

江(郷)義弘

刀 金象嵌銘 天正十三年十二月日 江 本阿弥磨上之(花押)所持稲葉勘右衛門尉 名物 稲葉江 柏原美術館蔵 国宝

江の刀は三振りすべて撮影禁止

郷義弘は越中国の刀工。初めて見た郷の作品・五月雨郷になんとなく正宗や貞宗と雰囲気が似ている刀工だと感じていたので、別の土地の刀工だと知ったときは驚きました。

そして今回初めて見る稲葉江。……ぜんぜんわからん…なんで国宝…なんで大鋒にしたんだろう、というのが第一印象です。個人的に鋒以外はバランスよく感じるのですが、樋の途切れる位置、三ツ頭の位置、鋒の反り具合等がなんか引っかかって、刃中や平地のことをまったくよく見られませんでした。姿で引っかかって他の部分をよく見てないは自分のあるあるです。
郷の難しいところは、姿にバラつきがあることと、刃文や肌が貞宗よりも更におとなしく、とっかかりを見つけづらいところだと感じています。いつになったら私の中の「郷義弘像」がまとまってくるんだろ。課題。次の機会には稲葉江をもっとよく鑑賞できる目と知識になっていたいです……

則重

刀 無銘伝則重 号 太閤則重 個人蔵 特別重要刀剣

郷義弘と同じく越中国の刀工。則重は個人的に好きな刀工で、鑑賞機会もそこそこ多いのでなんとなく「則重像」がありました。正宗と似ていると感じたことはなかったので、正宗十哲に含まれると知ったときは驚きました。新藤五国光もしくは行光に師事し、正宗の兄弟子説があるとのこと。ふーんなるほどね。

則重は短刀はよく見るけれど、長い則重を見る機会は珍しいかも。こちらは刀ですが、太刀も一振り出陳されていました。茎尻や樋を見るに磨り上げられた作品でしょう。
松皮肌かと思いきや、ちょっと緩くて松皮肌?というような肌の具合。「見ていて楽しい」というメモが残っておりますが、具体的にどこのことなのかは書いておらず……おそらく金筋砂流し等の刃中についてだったかと思います。

左文字

太刀 銘筑州住左 号 江雪左文字 (附)黒漆研出鮫鞘打刀拵 ふくやま美術館蔵 国宝

初代安吉。大左。刀の知識がなかった頃からなんとなく相州伝を感じていた刀工です。九州の刀工ですが正宗に弟子入りしたとのこと。
父・実阿やその父の西蓮の作品をだいぶ昔に見たことがあるのですが、大左と違って肌立ちが目立つ作風だったと記憶しています。
江雪左文字はその姿や鋒の延び具合が好きなので今回もそこをよく見ていました。そうしていてふと思ったのですが、大左の相州伝っぽさってなんでしょう。南北朝らしさとまぜこぜになってる?地沸の厚さ?互の目まじりののたれ基調の刃文?金筋砂流し?あわせて、今までは見てなんとなく「左だな」と感じていたところを、ちゃんと言葉で説明できるようになりたいと感じました。

短刀 銘左/筑州住 号じゅらく (附)葵唐草文金襴包鞘合口短刀拵 ふくやま美術館蔵 国宝

太閤左文字は帽子の尖り具合と返りが好きなのです……が、布で隠れてしまっています。残念!
「清涼感を感じる肌」だと思っているのですが、今回はそれに加え、地景の見えやすさや肌のうるおいを強く感じました。内側からの発光は会場イチだったと思います。

正系継承者

彦四郎貞宗

脇指 朱銘貞宗/本ア(花押) 名物 朱判貞宗 (附)変塗鞘合口短刀拵 ふくやま美術館蔵 重要文化財

親しみ込めて「朱判ちゃん」と呼んでいる短刀。貞宗の短刀や、脇差に分類されているけれど短いものの中でもややふっくらとした姿をしています。
はー…貞宗、可愛いですね。まず鋒。先端のわずかな反り具合が最高です。そして茎。貞宗の茎はしっかりと丸みのある船底形と、後述の寺沢貞宗のように幅の広くないものに大別されると思います。
ちなみにですが、正宗の茎はふっくらタイプもありますが、更に前の時代に多く見られる振袖形というタイプのものもあります。貞宗で振袖形は今のところ見たことがない…かな。
正宗の正系継承者としての貞宗ですが、個人的には”雰囲気”は左文字とも近く感じることが多くあります。おそらくそれは「穏やかさ」とか「親しみやすさ」なのでしょうか。南北朝仕様にステータス全振りしたような殺気漲る作品と比較したとしてもです。正宗はもっと他を寄せ付けないような、誰かと馴れ合わないような雰囲気を感じます。
相州伝比較語りめっちゃ楽しい。

短刀 無銘貞宗 名物 寺沢貞宗 (附)古鞘 文化庁蔵 国宝

撮影禁止 別の展覧会で撮影した写真です

先ほどのふっくら朱判ちゃんと比較するとスリムですね。寺沢貞宗と同じく国宝の伏見貞宗もスリムタイプです。朱判貞宗を単体で見ると、それはそれでよい刀なんですけど、その後に寺沢貞宗を見ると「やっぱり国宝ってすごい」と思わせる違いがあります。端正なんですよね。姿も、肌も整っています。
この写真だけを見ていると……行光とか則重を感じるかも。でもぽこぽこした互の目は正宗っぽい。この記事全体を通じて「似てる」「雰囲気を感じる」「でも違う」と繰り返していますが、この展覧会に集まっている刀たちって正宗に影響を受けた刀工たちなんですもんね。きっと何かしら共通する部分が見出せて正解なんだと思います。

大人気の図録

背表紙が和綴じのデザイン

2月11日までの会期終了を迎える前に完売してしまったとのこと!
ふくやま美術館では通販対応してくださるとのことなので、買えなかった方はぜひそちらで入手してください。巻末の解説に正宗抹殺論や浄瑠璃演目の正宗の紹介もあっておもしろかったです。

自分の中でまとまってきた正宗像

「上品な正宗と南北朝を感じる正宗があるかも」
前回正宗を鑑賞した際にそう感じ、今回はそれを意識しながら見てみました。そういう意味で行光寄りな正宗作の存在は作風の振れ幅があるという意味で「やはり」という確信を持てました。

沸や刃文の特徴もなんとなく掴めてきて、「自由」や「奔放」というキーワードが浮かび上がってきました。正宗を語る解説でよく見る「(動きが激しいのに)破綻がない」「野卑ではない」「大胆」、これらを組み合わせ更に前の時代と比較すると、正宗って作為的ではない自由さがあるのかな?ということにようやく気づきました。
今までもきっと同じような説明を文字で見ているのですけれど、ソレと実物がようやく一致してきたという感じですね。

以下は正宗前回鑑賞時のまとめ。

(前略)正宗のにおいを感じられる刀工の刀たちから、それぞれの特徴を消してみました。
一見南北朝の刀剣のような力強さを感じても、左文字だと思わないのは体配の違いのせいかな?貞宗とは肌や刃文がなんか違う。志津は?郷は?……とそれぞれ見ていくと、そこに残った、どれでもないものが正宗なのかしら?いや考えてみれば正宗自身が正宗十哲あたりの特徴をすべて持っていてもおかしくないかも?試行錯誤の結果があの作風のバリエーションだとしたらめちゃくちゃ熱いな。

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「どれでもないのが正宗」は正解かも。
各刀工のオリジナリティ+相州伝の要素=正宗十哲。そこから各刀工のオリジナリティを引き算したら相州伝の要素が残る。相州伝を完成させたのは正宗。正宗個人の特徴が掴めないうちは、こんな見方をしてもおもしろいかもしれません。

刀工単体ではなく、正宗との繋がりを意識しながら鑑賞した今回の展覧会。各刀工と相州伝全体について、ふわふわ覚えていたところから更に一歩進めよと促されました。

満足しながら刀剣博物館を出発し、その足で東京国立博物館の本阿弥光悦展へ。そこにあるのは観世正宗と城和泉正宗。
「わからない」の目で見ていた正宗を、「こう」だと捉えられる目で見た初めての日。刀剣を見に行き出してから気付けば丸9年。今年は10年目。いま、やっと……!
やだ潤んで見えない。 おわり

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