一夜かからぬ鉄午の越境 南部領から伊達との境に刀剣を見に行った話

久しぶりの刀剣遠征記事ですね。今回はお隣岩手県。ふと映画刀剣乱舞のロケ地を見に行ってみたいな〜と思い立ち、そういえば近くで刀剣展があるよね。北上江刺水沢…車で行けなくもない。よし行くか!というわけで、えさし郷土文化館さんと北上市立博物館に行ってきました。

地理等はブログ後半にて紹介したいと思います。まずは刀剣展の様子から。

企画展 かたなと装い

展覧会概要

会期:2023年4月29日~6月8日
会場:えさし郷土文化館
展覧会案内ページ:https://www.esashi-iwate.gr.jp/bunka/2023/exhibition/katana/
写真撮影OK

公共交通機関だとJR東北本線・水沢駅および東北新幹線・水沢江刺駅より江刺バスセンターへ、そこからタクシーで行くことができるようです。
えさし郷土文化館さんは、映画刀剣乱舞のロケ地である「えさし藤原の郷」のすぐ隣にありました。
駐車場から見えるここは連絡通路。ここを上に登って文化館に入ります。

エントランスロビー自体も展示室というつくりは初めて見るかも!
この通路を進んだ左側に企画展の展示室があり、一番奥の「奥の院」というところには仏教文化財が展示されています。

刀のお部屋はこんな感じ

公式ツイッターでもおっしゃっていますが、刀専用ケースではないので、しっかり鑑賞するには姿勢の工夫が必要です。
立ったままの姿勢だと場所によっては肌ならギリギリ見えるかな?刃文は見えないので、しっかりと腰を落として見てみてくださいね。では気になった刀をいくつか紹介します。

刀 銘寶壽(折返銘) 南北朝時代

そういえば…寶壽の感想を書くまえにまず舞草の説明を書いてみようかな。拙いですが。刀剣乱舞にもまだ出てこないしあまり聞いたことのない人もいますよね。

舞草とは

まず現在の東北地方太平洋側あたりで作刀していた刀鍛冶全体を奥州鍛治と呼びます。その中でも古く、岩手県一関市あたりで活躍していた刀工集団が舞草(もくさ/もうくさ/もうぐさ)です。
日本刀が成立する以前に存在した柄が湾曲した「蕨手刀(わらびでとう)」が多く出土する地域であることや、直刀から湾刀へ変化し出した平安時代から舞草の名前が確認できることから、日本刀の草創期に関わる一派と言われています。鎌倉前期、奥州藤原氏の滅亡とともに衰退し、現存作も鎌倉時代以降のものが多いようです。

舞草についてちょっと調べると伝説の域を出ていないような解説も多く、例えば古備前正恒や三条宗近、豊後国行平や波平がその系統だとか、髭切が舞草鍛冶の文珠の作だとか。まぁ…雰囲気などわからないところがないではないけれど…古いしね。とりあえず奥州に古くから存在はしているけれど、謎とロマンの多い刀工集団だと私は解釈しています。

寶壽(宝寿)は舞草一派の刀工。(と言われていますが、別の奥州鍜冶の一派である宮城県の玉造系だという説も。)
これもまた現存する在銘作は鎌倉時代以降から、最も多いのは南北朝時代のもの。なので舞草隆盛以降に発展を遂げたとも考えられているようです。
宝寿を「舞草を代表する刀工」と「舞草の流れを汲む刀工」という両方の書き方で見るのはそのせいなんでしょうね。

金筋砂流し、荒沸ががよく見えます。肌は板目に杢目交じるいったところでしょうか。
こんなあからさまな折り返し銘はじめて見るかも。

宝寿および舞草刀を目にする機会はあるような、ないような。多くはないです。そして改めてよく知らないな、と感じました。いつも「沈んだ鉄の色をしている」とか「独自の暗さがある」ような印象を抱いていて、その鉄の暗さは九州の刀と似ているを感じます。あーその辺ももっと違いを知りたくなってきた。
舞草刀といえば一関市博物館や中鉢美術館がたくさん所蔵展示していますね。こりゃ常設展に行かねば。

短刀 銘奥州住舞草光長 室町時代

こちらも舞草鍛冶の一人、光長の作。先ほどの寶壽もそうでしたが、一見板目肌のようにも見えるけれど、よく見ると広い杢目のような渦巻きのような肌。キャプションでは「板目が渦巻いてつまる地鉄の綾杉肌を特徴とする舞草刀の典型」とのことでした。

大刀 銘雲龍子祐致造之 文化10年/江戸時代

ものすごく反りの強い太刀…ではなく大刀。キャプションも出品目録も「大刀」と記載されています。太刀の用途ではないからかしら?
鉄砲鍛冶の作品とのこと。そのためか、祐致(すけむね)という名は刀工の記録には内容です。

ハバキで隠れている彫り物が気になる。草花?

刀 銘陸中國住源明國 明治時代

刃文のラインと輝きが、水を流したようで美しい!好き!

脇差 無銘(萬歳安國) 文政2年/江戸時代

互の目。写真よりも整った肌でした。

今回はなぜかまったくカメラのピントが上手く合わせられなくて、あんまり良い写真が撮れなかったのが悔しいです…細かい操作覚えないとな。

それと最近撮影箇所が固定されることにも気が付きました。見ている場所がいつも同じ。間違いではないけれど、なんだか見る力が上がってなーと感じました。もうちょっと精進したいですね。

二つの博物館のキャプションがつながる

こちらの「みちのく江刺 刀工の系譜」というキャプションを読んでいると、とある文字に目が止まりました。

相馬大作事件

クリックすれば写真を読めますがとりあえず要約。相馬大作事件とは盛岡藩士による弘前藩主の襲撃未遂事件のことです。
犯人である盛岡藩士・下斗米秀之進は、江刺の刀工・萬歳安國に兵器作成を依頼→弘前藩主暗殺を企てていることを知った安國は弘前藩へ通報→下斗米秀之進は相馬大作と名を変え江戸に逃走するも見つかり処刑→その後安國は請われて弘前に移住 という流れのようです。

これ…見覚えある…
つい最近会写真を整理していた際、偶然にもこの事件についてのキャプションを見ていたんです。

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刀剣訪問ブログ

■日時:2019年8月22日■場所:高岡の森弘前藩歴史館(青森)■入館料:大人300円■交通費:0円(自家用車) 以前か…

青森県は高岡の森弘前藩歴史館という場所で刀剣展があった時のものです。展示物はこの事件の事情聴取等をまとめた取調帳でした。

こちらではただ「内通者」と説明されていたところが、今回の刀剣遠征により、内通者=刀工・萬歳安國だということがつながりました。Wikipediaで読むと名前が違ったりしますが、いずれにしろ刀工が関わっていることは間違いないようです。

犯行の動機がこの通り義憤だとしたらば…私も南部衆なのでちょっと同情心が湧きますね。
っていうか後世になって講談や小説・映画・漫画の題材として採り上げられた?みちのく忠臣蔵?そんなに盛り上がった事件だったの?知らなかった〜

写真撮影に奮闘していたら結構な時間が過ぎていたので、次はえさし藤原の郷へ。

映画刀剣乱舞─黎明─ 衣装展とロケ地散策 in えさし藤原の郷

公式ホームページ https://www.fujiwaranosato.com/
衣裳展 https://www.fujiwaranosato.com/touken-costume/

映画で使用された拵も展示されていました。三日月以外の太刀たちの拵が太くて握りづらそう。男性には余裕なのかしら?

映画では布をたくさん使った装飾がしてあったのでちょっと雰囲気は違いますが、ホウホウ ナルホドネーとニコニコしながら歩きました。

サラッと衣装展を見てフラフラできればいいなーと軽く考えていたのが甘かったですね。とても広いです。半日取るべき。もっとゆっくり見たかったよー!これから見に行かれる方はHPの「施設紹介」の部分を確認して行くことをお勧めします。

時間も迫ってきたので、次は北上市立博物館へ。

えさし藤原の郷より車で30分ほどで到着します。なお北上駅からはタクシーで7分とのこと。徒歩35分。バスはなさそう。

開館50周年春季企画展 刀剣の愉しみ

展覧会概要

会期:2023年4月15日~5月28日
会場:北上市立博物館
展覧会案内ページ:https://www.city.kitakami.iwate.jp/life/kurashi_tetsuduki/bunka_sports/bunkashisetsu/3/kikakutengyoujiyotei/24710.html
写真撮影OK

展示室の様子

今回の展示は「會田コレクション」が中心の展示とのことなので、どんなコレクションなのかを博物館の過去展覧会のページより引用記載します。

北上市立博物館の企画展には、しばしば「會田コレクション」の名が冠されたものがあります。また、来館者の方から「會田コレクションとは何のことですか?」という質問を受けることもあります。
會田コレクションとは、2005年(平成17)に故會田喜一氏のご遺族より一括寄贈を受けた、氏の収集した古美術品などの総称です。會田氏は北上市内で呉服屋を営む傍ら趣味であつめつづけた骨とう品は、絵画や陶磁器、工芸品、刀剣類など多岐にわたります。

物の大小あわせて284点が寄贈され、そのうち刀剣は14点、刀装具類は39点と、氏のコレクションの実に2割近くを占めるものとなっています。

2016年(平成28)に博物館をリニューアルして展示環境が改善されたため、翌春2017年からこのコレクションを活用した企画展を開催しています。春先には刀剣類を、初夏には陶磁器を展示していますので、機会があればぜひご見学ください。

(終了)博物館企画展「會田コレクション 刀と刀装具の魅力」よりhttps://www.city.kitakami.iwate.jp/life/soshikikarasagasu/hakubutsu/history/R2/15625.html

実際に刀を見てみると、なるほど個人のコレクション。刀が好きだったんだろうな。どの刀剣も肌詰み姿美しく素晴らしいものでした!

刀 新藤国義 銘奥州盛岡住源國義/元禄七年秋造之

互の目にしてはちょっと広く角ばっていて、箱刃の風を感じます。キャプションでは「箱乱れ調」とのこと。焼頭がしゅわしゅわして沸粒が見えるのがきれい。彫り物は不動明王の梵字に護摩箸。

脇差 新藤国義 銘奥州盛岡住国義/元禄三年霜月日

細身の姿。優美!刃文は細直刃。こちらにも不動明王の梵字が彫られ、棒樋と添樋が掻かれています。

刀 金粉銘左 室町時代

大鋒で身幅もしっかりある豪壮な姿。一瞬よく知る左安吉(大左。審神者もよく知る左文字)かと思いましたが、こちらは室町時代の左のようです。

二重刃!金筋砂流しも頻りに入っていて見ていて楽しい刀でした。

太刀 山口清房 銘盛岡住山口清房作之/作意道誉一文字昭和甲子歳八月日

道誉一文字の写し!やっぱり丁子刃ですよね。足がくっきりではなく、ちょっともやっとしているところが雰囲気があって好きです。

不思議な刀掛け

この展覧会では一部にちょっと変わった刀掛けが使われていました。

こちらは角度や幅を自由に変えることのできる刀掛け。日本美術刀剣保存協会岩手県支部会員さんの手作りだそうです。触れてもOKだったのでちょっと触ってみると、ネジを回して簡単に調整することができました。おもしろ〜い
上の作意道誉一文字の太刀の展示にも使われているとのこと。白い布の下にはこんな刀掛けがあったんですね。

太刀 山口清房 銘盛岡住山口清房作之/平成二十七年尚武月吉日

写真が暗くてちょっと分かりづらいかもしれませんが、左側の支柱だけで刀を支えているのが分かりますか?これってどういうバランスなの!?

脇差 金粉銘大宮盛景 南北朝時代

下の台座が豪華。よく考えれば刀掛けも普段の展覧会ではあまり見たことのないような一本足。

見るところは博物館だけじゃなかった

到着してすぐに見た案内板。まって、北上市立博物館って周りにこんなに見るとこがあるの??北上市立博物館、みちのく民俗村という施設の一部にありました。

グーグルマップで見ていた時、近くに色々施設があるなーとは思っていたけれど、まさかこんなにすぐ近くだとは思わなかった…ちゃんと見ておけばよかった〜まあ、もともと博物館ふたつに、えさし藤原の郷を1日で回るというスケジュールにちょっと無理があるのよね。
う〜んこれはぜひリベンジしたい。

距離感 隣県だけど…

個人的に岩手に抱いているイメージ。
地理的にも近く、親戚がいたりレジャーに行ったりとちょいちょい行くんです。県北には。
今回は県南。そして内陸。遠い。軽々と、ではなくちょっと気合を入れての遠出でした。

地元からえさし藤原の郷まで高速/下道でやや距離が変わりますが約190〜200kmほど。興味があったので日本の他の地域からだとどのような距離感なのか、ざっくりと調べてみました。

  • 東京駅から、北には栃木と福島の県境あたり、西は静岡県の焼津駅あたり
  • 大阪駅からは、東には愛知県岡崎駅あたり、西は岡山県倉敷駅あたり
  • 博多から南に、熊本県水俣駅の距離
  • 札幌からは旭川を過ぎて士別より先、名寄未満

というような具合です。
実は初めての高速道路を使った遠征でした。地元に帰ってきてそんなに長くなく(=運転経験が多くない)、高速道路を一人で長距離運転する経験もあまりなかったのでドキドキ。今回八戸から江刺まで走ることができたので、今後の目安となりました。

おわりに

今回の展示では刀もさることながら、郷土関連の展示に目がいきました。
だいたい中央との戦いの歴史。古代もそして戦国時代も。あんな遠くまで馳せ参じるとかほんとね、無理が過ぎる…小田原攻めとかそっちで勝手にやってけんだ。奥州仕置も余計なお世話だずの。(九戸政実についた先祖を持つワイのお気持ち)
それから南部藩と伊達藩の境!北上にあったんですね。時間があったら行ってみたかったです。

藩境の逸話。伊達の殿様より「同じ時刻に互いの城を午に乗って出て、出会った場所を藩境としよう」という手紙が南部の殿様に届く。南部の殿様は、牛に乗ってゆっくりと進んでいたら、向こうから伊達の殿様が馬に乗ってやってきた。南部の殿様は「約束が違う」と怒ったが、伊達の殿様は、「手紙を良く見よ。牛(うし)ではなく、午(うま)に乗ってと書いてあるではないか」と一蹴したとのこと。
その地点が現在の北上で、この二人が出会って去ったことから「相去(あいさり)」という地名になっています。

藩境についてのわかりやすいPDFを見つけました。興味ある方は読んでみて
南部と伊達 岩手県立博物館

こちらも。広島の方のブログ。北上市立博物館に訪れた時のことが紹介されていました。

歴史探偵

岩手県北上市。新幹線の乗り換えだけだともったいない。 関西人の憧れの土地 東北 しょうがない タクシーを使おう 中尊寺以…

八戸と比べて山や道沿いの緑が濃く、空も青い。季節が少し早いことを感じます。
岩手県南、行きたくても遠くてなかなかきっかけがなかったので、行けたのが嬉しかったです。今後は「行ける距離」になるかしら?そしてこれからもっと舞草刀を知っていきたいなーという気持ちを持ちながら、鉄の午にて帰路につくのでした。おわり

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