東京で出会う「白梅」の刀剣たち 「お江戸の天神信仰―湯島天神と北野天神―」を見てきた話

「天満宮」といえば刀剣ファンにとっては京都の北野天満宮はもやお馴染みですね。菅原道真公(菅公・天神様)を御祭神とする、全国の天満宮の総本社。今回訪れたのは東京の代表的な天満宮である湯島天満宮。受験生の聖地として有名な神社ですね。正式名称は湯島天満宮だけど、親しみを込めて「湯島天神」ともよばれています。
道真公が亡くなった年から数えて節目となる年に、菅公御神忌として様々な祭礼が執り行われます。今回の特別展は湯島天満宮と北野天満宮の共同開催で、令和9年(2027年)に迎える菅公御神忌1125年の記念行事のひとつです。鬼切丸(髭切)をはじめ多数の奉納刀剣を所蔵する北野天満宮より、特別に選ばれた刀剣類14点が公開されます。なんと関東初公開

たまたま東京滞在中に、宝物殿の担当者の方から展示情報を載せてほしいというご連絡をいただき、これはご縁だと感じたので実際に展覧会に行ってきました。

道中見つけた旗。白梅商店会…京都は北野白梅町…白梅、同じだ。

本殿、そして授与所の灯籠。天満宮といったらやっぱり梅の紋だよね。

目次

展覧会概要

展覧会名:菅公御神忌千百二十五年大祭「お江戸の天神信仰ー湯島天神と北野天神ー」
会期:2025年4月5日~5月25日
会場:湯島天満宮(東京)
展覧会案内ページ:https://www.yushimatenjin.or.jp/pc/houmotu/houmotsu.htm#A
https://homotsuden-yushima.com/oedono-tenjinshinko/
入館料:大人1,000円
備考:刀剣類のみ、スマホで撮影可

訪問日:2025年4月11日

展示刀剣

  • 短刀 銘 大慶直胤(花押) 彫よしたね 弘化七半仲春上旬
  • 短刀 銘 兼房
  • 脇差 銘 猫丸
  • 猫丸 奉納箱
  • 脇差 銘 従四位下行掾陽太守兼隠州刺史松平姓源定永奉寄進
  • 刀 銘 兼常
  • 小太刀 銘 備中国住人佐兵衛尉直次作 康永四年八月吉日
  • 太刀 銘 (菊紋)日本鍛冶宗匠伊賀守藤原朝臣金道 奉納天満宮宝前享保六辛己年九月十二日
  • 須賀利御太刀拵 黒漆地銀雲蒔絵 麒麟飾太刀拵 付鮒形一帚隻・唐組平緒
  • 太刀 須賀利御太刀 式年遷宮 御神宝 銘 太阿 月山貞一謹作(花押)
  • 太刀 銘 奉納天満宮宝前昭和二年二月侯爵前田利為 大阪住人月山貞勝謹作
  • 太刀拵 太刀 月山 金梨地鳳凰螺鈿松梅紋蒔絵飾太刀拵
  • 薙刀・静形 無銘
  • 薙刀・巴形 銘 奉納北野天満大自在天神宝前藤原氏奥 延宝七年某月陸奥会津住下坂仁兵衛為則作

展示室風景

担当の方も試行錯誤されたそうですが、もともと刀剣展示向きの設備ではないため、照明には限界があったとのこと。個人的にも照明がちょっと厳しいな~と感じました。しかしながら、普段は京都でしか見ることのできない刀剣たちが、菅公御神忌という特別な機会を得て東京で見られる…ここに価値を感じます!

特別な奉納太刀とその拵。ここは照明もよく当たり、絢爛豪華な太刀拵が一層目を引きました。
二組ペアというわけではなく、異なる目的で奉納されたものです。そちらから紹介していきましょう。

20. 太刀拵 黒漆地銀雲蒔絵 麒麟飾太刀拵 付鮒形一帚隻・唐組平緒
昭和49年(1974) 湯島天満宮蔵

伊勢神宮の第60回式年遷宮の際に製作された須賀利御太刀(すがりのおんたち)の拵。
このような太刀拵は以前伊勢神宮の神宮徴古館にて見たことがありました。それ以外でなかなかお目にかかることのない貴重な品。(名古屋の刀剣博物館さんには写しが所蔵されているよう)
とにかく華やか!鈴の着いた異風な柄、黒漆塗りの鞘に蒔絵の雲、水晶や瑪瑙、琥珀などをあしらった装飾、フナと水晶の緒飾り…武家の誂えた拵とは異なった趣ですね。

式年遷宮と御神宝

神社の行事で、一定の年数ごとに社殿を建て替えたり修理したりして、新しいお宮を用意する儀式のことを式年遷宮と言います。
周期は神社ごとに異なり、伊勢神宮は20年に一度。衣や鏡など様々な御神宝が新調され、今回展示されている須賀利御太刀のほか、玉纏御太刀(たままきのおんたち)、御小剣(おんこけん)など複数の刀剣類もそれに含まれます。代替わりした御神宝は、神宮徴古館にて展示保管されたり、全国の希望する神社に撤下されます。
前回の式年遷宮は2013年の第62回。次回第63回は2033年。それに向けて、今年2025年から様々な行事が執り行われます。
 

柄に巻かれている赤い糸はトキの尾羽。
トキといえば日本産トキは2003年には絶滅しています。この拵が作成された頃には既に羽根の採取が禁止されており、それ以前に確保していた羽根を使ったとのこと。
その後、第61回式年遷宮(1993年)ではNPO法人・日中朱鷺保護協会が奉納したトキの羽根を使用し、第62回(2013年)はいしかわ動物園で飼育されていたトキから抜け落ちた羽根が使用されたそうです。

次回2033年の式年遷宮で作成される拵に使用されるものは、どのように確保されるのでしょうか。伝統を守り続けることと、環境の変化。その観点からも目に収めておきたい品だと感じました。

21. 太刀 須賀利御太刀 式年遷宮 御神宝 銘 太阿 月山貞一謹作(花押)
湯島天満宮蔵

さきほどの拵と対になるのがこちらの太刀。直刀です。二代目・月山貞一刀匠の作で、その時代でもっとも優れている刀工がこの奉納太刀の作成を任されます。
一口に「奉納刀剣」といっても様々あります。儀礼目的でざっくり分けると、神社は古からある形の直刀、寺院は魔を断つ仏教的な意味を持つ両刃の剣という特徴があります。日本では当たり前のように神社と寺院が共存していますが、宗教的・文化的側面の違いを感じることも、奉納刀のおもしろいところだと感じます。

22. 太刀 銘 奉納天満宮宝前昭和二年二月侯爵前田利為 大阪住人月山貞勝謹作
昭和2年(1927) 北野天満宮蔵

ここからは北野天満宮所蔵の刀剣たち。
加賀前田家は菅原道真公を祖先としており、菅公御神忌の際に開催される奉納イベント「萬燈祭(まんとうさい)」にて刀剣を奉納する習わしがあります。それは御神忌750年から始まり、こちらの太刀は御神忌1025年の年に奉納されたものです。今回迎えるのは御神忌1125年なので、約100年前に奉納されたものということですね。月山貞勝刀匠の作。

▲北野天満宮で展示されていた時の写真
刀身全体写真を撮ることを失念しており、茎と鋒の写真しかありません…須賀利御太刀と違い、奉納刀ですが目釘孔があります。鋒の形が特徴的な小烏丸造りです。

23. 太刀拵 金梨地鳳凰螺鈿松梅紋蒔絵飾太刀拵
昭和2年(1927) 北野天満宮蔵

初めてこの拵を見たときに「なんだか和洋折衷っぽい?」と感じました。須賀利御太刀の拵と見比べてもそう。飾り金具のデザインがそう見せるのかしら?華やかで個人的にとても好きです。北野天満宮よりも照明の色が暖かく、ゴールドの色みがより映えるように感じました。こういうとこだよね、同じ品を何度も見たくなるのって。

二組の奉納刀剣と拵を紹介しましたが、最後に整理してみましょう。

須賀利御太刀太刀 銘 奉納天満宮宝前昭和二年二月侯爵前田利為
製作年1973年(昭和48年)ごろ1927年(昭和2年)
製作者2代目・月山貞一月山貞勝
(2代目・月山貞一の父)
目的第60回伊勢神宮式年遷宮にて奉納するため菅公御神忌1025年に北野天満宮に奉納するため
現在の所蔵東京 湯島天満宮京都 北野天満宮

この二振りが並ぶのも初とのこと。必見ですね。

12. 短刀 銘 大慶直胤(花押) 彫よしたね 弘化七半仲春上旬
江戸時代後期 北野天満宮蔵

▲こちらの3枚は北野天満宮で撮影したものです

目録では「文化七年仲春上旬」となっているのですが、パネルは「弘化七半仲春上旬」。大慶直胤の生没年を考えると弘化の方が正しいのかしら?

彫刻は「渡唐天神像(ととうてんじんぞう)」。道真公が唐に渡ったという伝説に基づいて描かれた天神像です。唐へ渡った史実はないのですが、学識高いイメージが、当時の先進文明の象徴である唐に渡って学問を極めたという伝説となったようです。

13. 短刀 銘 兼房 桃山時代 北野天満宮蔵

ちょっと見えづらいけれど棟焼きもあります。

▲北野天満宮にて撮影

14. 脇差 銘 猫丸
室町時代 北野天満宮蔵

お馴染みの猫まっぷたつな猫丸。規則的な互の目。鋒側に反りが付いています。

15. 猫丸 奉納箱 北野天満宮蔵

16. 脇差 銘 従四位下行掾陽太守兼隠州刺史松平姓源定永奉寄進
江戸時代 北野天満宮蔵

写真だとわかりづらいかもしれませんが、ものすごく幅広の脇差です。絶対に実戦用ではないとわかるような大きさ。初見だとなにこれ?!となること請け合い。必見です。

17. 刀 銘 兼常
室町時代 北野天満宮蔵

18. 小太刀 銘 備中国住人佐兵衛尉直次作 康永四年八月吉日
鎌倉時代 北野天満宮蔵

19. 太刀 銘 (菊紋)日本鍛冶宗匠伊賀守藤原朝臣金道 奉納天満宮宝前享保六辛己年九月十二日
江戸時代 北野天満宮蔵

▲北野天満宮にて撮影

これもね、今回は見えづらいけれどキノコみたいな変わった形をした刃文があっておもしろいの!

24. 薙刀・静形 無銘
室町時代 北野天満宮蔵

福島正則が奉納したと伝わる薙刀。下の巴形薙刀と比較して先端の反りが穏やか。
源義経の愛妾・静御前が名前の由来とも言われています。

25. 薙刀・巴形 銘 奉納北野天満大自在天神宝前藤原氏奥 延宝七年某月陸奥会津住下坂仁兵衛為則作 江戸時代 北野天満宮蔵

静形よりも後の時代に発展した巴形。先端がグッと強く反っているのが特徴。一般的には静形よりもコンパクトでより実戦向き。
「巴形」の由来は、木曽義仲の側女で女武者だった巴御前にちなんだとも言われています。

左が静形。右が巴形。ここにあるのはどちらも同じくらいのサイズ。

おわりに

刀剣遠征を通して北野天満宮、大宰府天満宮、そして今回は湯島天満宮と三つ目の天満宮に足を運ぶ機会を頂きました。

ただ神社を訪れるだけでなく、奉納刀剣という側面からその歴史や信仰の一端に触れられるのも、刀剣遠征の楽しみだと感じます。
京都で見たことがある方も、今回初めて出会う方も、ぜひ足を運んでみてくださいね!

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